« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

2008年9月28日 (日)

「ランジェ公爵夫人」(ジャック・リヴェット)

仙台のミニシアター、チネ・ラヴィータにてジャック・リヴェットの新作「ランジェ公爵夫人」(2007)見る。バルザック原作による文芸大作で、上映時間は(リヴェットにしては短い)137分。ヌーヴェルヴァーグの伝説的な監督であるリヴェットの新作を劇場で見る機会は逃すまいと駆けつけたのであるが、観客は自分ら入れてたったの5人であった・・・。

舞台は19世紀初頭のパリの社交界。ランジェ公爵夫人(ジャンヌ・バリバール)は舞踏会で出会ったナポレオン軍のモンリヴォー将軍(ギョーム・ドパルデュー)に興味を抱いて自宅に招く。モンリヴォーはランジェ公爵夫人に惚れ込み毎日足しげく屋敷に通うが、夫人はつれない素振りで彼を翻弄する。ついに堪忍袋の緒が切れたモンリヴォーは夫人を誘拐するが・・・。

言ってみれば一種の恋愛ゲームみたいなお話で、時代が時代だけに今では考えられないようなじれったい関係が延々と続く。出演は「恋ごころ」に続いてリヴェット作品のヒロインを演じるジャンヌ・バリバール、名優ジェラール・ドパルデューの息子のギョーム・ドパルデュー、ビュル・オジエ、ミシェル・ピコリら。ウィリアム・リュプチャンスキーのクリアーな撮影が素晴らしく、音楽が必要以上に流れないのも良い。80歳を超えてなお衰えないリヴェットの端正な演出力には驚かされる。

一番面白かったのはモンリヴォーのとその部下の描き方。恐らく戦友なのだろうが、モンリヴォーが依頼すると上流階級の夫人を誘拐したり、修道院に忍び込んだりと暗躍する。そんな頼もしい(?)仲間を持っていながら、好いた夫人には翻弄され、舞踏会ではむっつりと黙り込んでいるだけの無骨なモンリヴォーがおかしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月27日 (土)

ポール・ニューマン死去

 ポール・ニューマンが死んだ。享年83歳。我々吹き替え洋画世代には馴染み深い大スターであった。「明日に向って撃て!」「スティング」「ハスラー」「動く標的」「評決」等々名作は数多いが、ここはやっぱり「暴力脱獄」(1967年)を見て追悼しようか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月23日 (火)

「ミスト」(フランク・ダラボン)

 劇場で見逃して悔しい思いをしていたフランク・ダラボン監督「ミスト」2007年)をようやくDVDでチェック。街を霧が包み込み、その中には奇怪な怪物たちがうごめく。スーパーマーケットに篭城した人々の運命は・・・というお話。原作はスティーヴン・キングの傑作中篇「霧」。封切当時劇場で見た映画仲間の評価も高く、期待していた。

 思うに、キングの魅力は、吸血鬼だの幽霊だの地下に潜む怪物だの手垢にまみれた材料から、登場人物たちの機智と行動力を巧みに描写して崇高な感動をもたらすところにあると思う。さすがキングの映像化には一日の長があるダラボンだけに、その精神に忠実に、とても見応えのある映画に仕上がっている。往年の怪獣映画みたいなB級テイスト(「舞台をほぼスーパーマーケットに限定」「怪物がなかなか姿を見せない」「時々姿を見せる怪物がどことなくハリボテっぽい」)を巧みに残してあるのがニクい。ゴア描写も容赦なく、原作を一歩進めた真っ暗な幕切れにも納得。やっぱりホラーはバッドエンディングに限るよ。音楽が終わったら延々戦車の走る地響きやヘリコプターの音だけが聞こえるエンドロールも不安を煽ってなかなか。いやあ面白かった。・・・んだが、こっちの心が弱ってるせいか、映画の迫力に負けて少々胃がもたれたのも事実。(確か「グリード」見た時もそうだったような) 大いに楽しみつつも、鑑賞後には本気で暗い気分に落ち込んでしまった・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

セルジオ・レオーネのドキュメンタリー2本

 マカロニへの飢えを癒すべく、セルジオ・レオーネ関連のドキュメンタリー2本見直す。1本は「荒野の用心棒」DVDに特典として収録されていたもの、もう1本は以前CSで放映されたもの。ほとんど同じような内容で、家族やイーストウッド、イーライ・ウォラック、クラウディア・カルディナーレ、コバーン、ロット・スタイガー、ジェームズ・ウッズら錚々たる俳優、モリコーネ、カルロ・シーミ(美術監督)、トニーノ・デリ・コリ(撮影監督)らスタッフなど多くの縁の深い人たちのインタビューを交えつつ、レオーネの少年時代から晩年までを振り返る。生前のレオーネのインタビュー映像なども見れて興味深かった。マカロニ博士クリストファー・プレイリング(本ドキュメンタリーにもコメンテーターとして登場)によるレオーネの伝記本では、巨匠に憧れてわがままに振舞う「大きなコドモ」みたいに描かれているレオーネ。ドキュメンタリーを見ると、まるで「映画史を変えた不遇の巨匠」という印象である。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の後に企画を進めていた一大戦争巨編「レニングラード」のエピソードなど、あまりに壮大すぎてほとんど誇大妄想の域に突入している。伝記本を読んだ時も思ったが、どう考えてもそんなの撮影するの無理だよ!

 イーストウッドのインタビューによると、レオーネは落ち着き無く両手を動かす癖があったという。同様のことをロッド・スタイガーも言っていて、「夕陽のギャングたち」では役作りに利用したと語る。その後「夕陽のギャングたち」のワンシーン、銀行を前にしたロッド・スタイガーが両手を落ち着き無くニギニギしている場面が挿入されて笑った。その姿はやっぱりどう見ても「大きなコドモ」という感じであったなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月22日 (月)

マカロニ探求

 今日は誕生日、なんだが、自分が何歳になったのかすぐに思い出せず、真剣に焦った。気が狂ったかと思った。

 

 唐突だが、マカロニウエスタンについて。ご多分に漏れずきっかけはレオーネ+イーストウッドの「ドル三部作」であった。あの偽アメリカには映画ならではのいかがわしさと娯楽性が満載されており、すっかりのめり込んでしまった。個性豊かな俳優たち、魅力的な音楽、軽快なアクション。学生時代にマカロニ風の自主映画を作ったこともある。今でも好きな映画のジャンルは?と聞かれると、真っ先に「マカロニウエスタン」と答えるであろう。

 1995年頃のコルブッチ作品リバイバル辺りが発火点であろうか、二階堂卓也先生の大著「マカロニアクション大全」、マカロニ聖書シリーズを皮切りとした国内DVDの大量発売、とにわかにマカロニブームが盛り上がった。狂気乱舞しDVDを買い揃え、国内でソフト化されている作品はほぼ網羅したと思う。数年に渡るマカロニ探求の果て、「マカロニとはセルジオのことである」という結論に辿り着いて以来、最近はすっかりマカロニウエスタンから遠ざかってしまった。国内でソフト化されている作品はほぼ網羅したとはいえ、何しろそれは巨大なマカロニ山脈のほんの一角に過ぎない。以前のように輸入盤屋巡りに精を出す気力も体力も薄れ、リバイバル公開の情報も無く、新たな出会いが無くなってしまった。そんな時、ネット上で知ったマカロニ探求者の存在には本当に励まされた。こんなにも情熱的な同好の士がたくさん存在していたとは!嬉しくなると同時に、俺なんてマカロニ探求者としてはまだまだヒヨっ子であったと痛感させられた。そんな先輩諸氏のブログを拝見しつつ、マカロニへの飢えを癒す毎日である。中でもお気に入りのマカロニブログは「スパゲッティな日々」。vendetta35さんによる、マカロニネタ満載の素晴らしいブログ。未公開作品の紹介はもちろん、ロケ地巡りやサントラ紹介など、本当に参考になります。 http://blog.goo.ne.jp/vendetta35/ 投稿されるコメントがまた暖かくかつ強烈にマニアックなので感動します。 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年9月21日 (日)

「三重スパイ」(エリック・ロメール)

せんだいメディアテーク「フランス映画の秘宝」にてもう1本、ロメールの近作「三重スパイ」2003年)見る。フランス、ギリシャ、イタリア、ロシア、スペインス合作で、第二次世界大戦中の実話が元になっているという。フランスに亡命したロシアの将校と、画家であるギリシャ人の妻。夫はスパイとして頻繁に海外出張するが、任務の詳細を知らされていない妻は夫に対する疑惑を深めていく・・・。映画祭のチラシに曰く「スパイ、裏切り、騙し、隠蔽に満ちあふれた痛快サスペンス劇」。ロメール爺さんが「痛快サスペンス劇」を撮ったのか、と興味をそそられたが・・・。

スペイン内戦から第二次大戦に至る不安で緊迫した時代の状況と、ある夫婦の危機を重ね合わせて描こうという作品。お話のスケールはロメールらしからぬ規模とは思うが、基本的にはいつもの会話劇のスタイルで、スパイものだからってアクションの見せ場がある訳でもない。ヒロインである妻は共謀の疑いを掛けられ獄死、夫もどうやら謀殺されたらしい、という事が伝えられておしまい。確かに「裏切り、騙し、隠蔽に満ちあふれ」てはいたが、どこが「痛快サスペンス劇」なんだっつうの。それはともかく、映画はロメールらしからぬ堅さというかストレートな怒り(義憤か)みたいなものが感じられる。実話だというこの事件に、老ロメールは何か思うところが大きいのであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「天使の入江」(ジャック・ドゥミ)

せんだいメディアテークにて「フランス映画の秘宝」という特集上映が行われている。ジェック・ベッケル、ロベール・ブレッソン、サッシャ・ギトリら、貴重な作品が5本上映される。入場料¥1,000、しかもきちんとスクリーンで見られるのだから嬉しい。昨日は蓮実重彦先生がゲストで講演などあったようだが、出勤日だったので残念ながら諦めた。

今朝は早起きして、妻と11時からの初回に駆けつけた。本日上映された1本目は、「シェルブールの雨傘」などで知られるジャック・ドゥミの監督第2「天使の入江」(1963)

銀行で働く堅物の青年ジャン(クロード・マン)は、同僚の手ほどきでギャンブル(ルーレット)にハマる。休暇を取って出掛けたニースのカジノで、ジャッキー(ジャンヌ・モロー)という女性と出会い、互いに惹かれあうが、彼女は大のギャンブル狂であった・・・。

リゾート地のロケーション、流麗なカメラ(撮影はジャン・ラビエ)、美しい音楽(ミシェル・ルグラン)のおかげでお洒落なコメディーのようにも見えるが、実際はギャンブルにハマった男女が危うく身を持ち崩しそうになるというしょうもないお話であった。珍しいブロンドヘアでギャンブル狂の中年女に扮したジャンヌ・モローが凄い。ちょっとでも金が出来るとすぐにギャンブルでスッてしまうその日暮らしの女を演じて、腐る寸前の果実を思わせる不健全な魅力を発している。勝負に挑む登場人物たちの心のトキメキを反映するように、カジノでルーレットが回ると途端にミシェル・ルグランの美メロディが高鳴るのが妙におかしかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月20日 (土)

「隠し砦の三悪人」(黒澤明)

 衛星放送にて黒澤特集をやっている。今夜は「隠し砦の三悪人」(1958)。久々に(20年ぶりくらいか?)見直してみた。139分、緩急見事なリズム、隅々まで充実しきった映画的空間を堪能。やっぱり面白いや。黒澤映画の中ではこれが1番好きかもだ。

 改めて見直すと、この映画をスリリングにしているのはあの手この手の危機突破アイデアでも疾走する馬上のアクションでもなく、雪姫(上原美佐)の存在感であると感じた。何とも言えない力みまくった発声、「忠義顔が嫌い」だなんて台詞、良いですねえ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年9月19日 (金)

「チャーリーズ・エンジェル」(マックG)

 TVで「チャーリーズ・エンジェル」2000年)やってたので久々再見。封切で見た時は「映画ってこれでいいじゃないか」というような吹っ切れた爽快感があって好印象であった。TVで見直したらさすがに鮮度が落ちてる印象を受けたなあ。明らかに「チャリエン」の後追い企画であろう「レディ・ウェポン」(2002年 チン・シウトン)や「クローサー」(2002年 コーリー・ユン)といった香港映画に比べるとアクションはやっぱり見劣りするし。まあそうは言っても嫌いになれない映画ではある。あまりにもアメリカンな、明るすぎるくらいの明るさ(脳天気とも言う)、そしてピンク色のアロハシャツを着こなすビル・マーレィと台詞なしの敵役クリスピン・グローヴァー故に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お気に入りブログ

 お気に入りブログをご紹介。友人のギニー師によるロック評論ブログ「ギニー・オン・ザ・ウォール」。曰く「英米ロックを中心に、日本のロック・ポップス、R&Bやソウル、ユーロ・プログレやラテン音楽などなど、気になった曲なら何でもピックアップ」しての充実の内容。ロック好きは必見だよ。http://guineaonthewall.at.webry.info/

引き続きお気に入りブログをご紹介。友人のドナック師によるブログRotters-Club。曰く「クロスオーヴァー身の回り」なニュース、ヲタクネタ、妄想ネタなど、何でもありの面白ブログです。http://shareit.air-nifty.com/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月18日 (木)

映画館で知人に会う

 先日、渋谷ユーロスペースで「クレールの膝」を見に行ったら友人のRさんとバッタリ。東京の映画館で知人と出会ったのはこれで4回目のことだ。1986年に上京して以来、この22年間に4回。「ぴあ」など見ると分かる通り、東京には各駅に散らばった沢山の映画館があって、常時様々な映画を上映している。そんな中で知人と出会う確率ってのはかなり低いと思われる。22年間に4回ってのは果たして多いのか、少ないのかはよく分からないが。

 最初は大学生の時で、今は無き五反田の名画座でやっていたデヴィッド・ボウィー主演2本立て「ラビリンス」「地球に落ちて来た男」。出会ったのは高校時代の同級生Yさん。こんな偶然があるのか、彼女とは何か運命的なものがあるのではないか、と勝手に盛り上がったが、結局何でもなかった。(←阿呆)

 2回目は、これまた今は無き千石三百人劇場でやっていたジョン・フォード特集。その日上映されてたのは確か「男の敵」と「アパッチ砦」だったと思う。ここで出会ったのは大学の映研の先輩Gさん。大学に近かったこともあり、何せシネフィルのGさんのことだから、この時はそんなに驚かなかったかも。

 3回目は90年代の終わり頃、新宿の封切り館で大学時代の友人O君とバッタリ会った。女性連れだったなあ。上映してたのはブライアン・デ・パルマの「スネーク・アイズ」。

 だから何だと言われそうな話ではありますが。暗闇で互いに気づかず同じフィルムを見つめてたかと思うと何だか嬉しくなるではありませんか。最近はすっかり映画館から遠のいてしまい、しかも今住んでる仙台の映画館で知人と出会うなんてまあ有り得ないだろうなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月15日 (月)

「クレールの膝」(エリック・ロメール)

 連休で上京したら、丁度渋谷ユーロスペースでロメール特集をやっていた。フィルムの権利が切れるのか、日本最終上映なのだという。空いた時間に上映していたのがこれまたいいタイミングで「クレールの膝」(1970年)。これはツイてると見に行った。

 ロメールの「六つの教訓話」シリーズその5。主人公(髭面のジャン=クロード・ブリアリ)は湖畔の美しい別荘で、旧友の女性作家たちとひと夏を過ごす。そこで出会ったクレールという少女の膝に魅せられた主人公は、何とかして彼女の膝に触れようと画策するが・・・。

 どの辺が「教訓話」なのかよく分からんが、「コレクションする女」で感じたロメール爺さんの本性が丸出しになったかのような、実にスリリングな映画であった。結婚を間近に控えた主人公はいかにも俺は大人の男と言わんばかりの態度で女性たちに接する。何だかんだと理屈を述べて正当化したところで、結局することは16歳の小娘にキスしたり膝に触ろうと画策することなのだから笑える。中年男が少女の膝を撫で回すのがクライマックスってんだから、こりゃ一体何の映画だと驚くばかり。描くロメールの筆致は実にスマートで、少しも下品ではないのが凄い。件の場面は息詰まるような緊張感があり、かなり盛り上がる。余計な感情移入を避ける為だろうか、音楽が全く流れないのも良かった。

 念願かなったブリアリはすっかり満足して別荘を後にする。湖畔で語らう若い恋人たちを映して終わるラストのあっさりした感覚も面白い。ロメールってのは、というかフランス人ってのはかなり助平なんだなあと思ったことであるよ。しかも全然悪びれたところがないというのが凄い。面白かった。アルメンドロスの素晴らしい撮影を映画館で見れたのも嬉しかった。フィルムっていいよなあ。

ロメールとは関係ない話だが、移設したユーロスペースはラブホテル街のど真ん中という凄い立地であった。映画館に行くにはラブホテルのネオン輝く通りを歩いていかなければならないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月14日 (日)

「現代美術への視点6 エモーショナル・ドローイング」(東京国立近代美術館)

 東京国立近代美術館にて「現代美術への視点6 エモーショナル・ドローイング」見る。奈良美智、辻直之ら日本、アジア中心のアーティストによる作品展。イラスト、映像作品(アニメ)など多数展示されており、美術館の雰囲気も良くて大いに楽しむ。大層な「芸術作品」というよりは、友達のノートの落書きを見るような素朴な作品が多くて、そんな気安さもまた良かった。けど、「エモーショナル・ドローイング」と呼べるほどのディープさというか、40男の魂をエモーショナルに揺さぶるような描線には出会えなかったのがちょっと残念。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 9日 (火)

「コレクションする女」(エリック・ロメール)

ロメールの「六つの教訓話」シリーズその4「コレクションする女」1967年)見る。

バカンスを過ごす為別荘にやって来た2人の青年アドリアン(パトリック・ボーショー)とダニエル(ダニエル・ポムルール)。別荘にはアイデ(エデ・ポリトフ)という女の子が居座っており、3人での共同生活が始まる。次々男を替える奔放なアイデをアドリアンたちは「コレクションする女」と呼び、鬱陶しく思っていたが・・・。

ロメール初のカラー長編で、撮影は名手ネストール・アルメンドロス。「モード家の一夜」の硬質なモノクローム画面とまた一味違った繊細なカラー撮影が存分に楽しめる。自然光の差し込む窓辺やテラスへの出口を室内から捉えた特徴的な画面がとても良い。

「モード家の一夜」は映像的にもオトナな仕上がりであったが、「コレクションする女」は登場人物の若返りのせいか、こちらのロメールに対するイメージを裏切らない映画であった。そのイメージとはすなわち「女の子の映画ばっかり撮ってるじいさん」という事なのだが。冒頭、カメラは水着姿で浜辺を歩くヒロインを捉える。グラビアアイドルのPVみたいな扇情的な映像の対極にあるような、素っ気無い撮り方ではあるが、これがかなりキテるんだよ。小麦色に日焼けしてすんなりと伸びた脚、膝の裏、腰骨、鎖骨の辺り、を次々アップで映し出すフェティッシュな映像なのだ。何だか本当のロメールらしさを垣間見たような気がしたなあ。

パトリック・ボーショー(ヴェンダースの「ことの次第」の映画監督役が印象深い人)演じる主人公は「モード家」のトランティニヤン同様に「愛情よりも主義を優先する」タイプのようだが、自分が優位に立っていると思い込んでいながら実際は彼女に振り回されっぱなし。それならそれで素直になってやろうと思ったらラストは・・・。ううむ。正直言って、ショートカットのアイデが可愛くって、見ているオレもすっかりヤラれてしまったのであった。

映画としては、全編もの凄くお洒落かつちょいエロなこれぞロメール映画の真髄といえよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 8日 (月)

「モード家の一夜」(エリック・ロメール)

ロメールの「六つの教訓話」シリーズその3「モード家の一夜」1968年)見る。

技師で敬虔なカトリック教徒である主人公(ジャン・ルイ・トランティニャン)。ある日、レストランで旧友ヴィダル(アントワーヌ・ヴィテーズ)と再会し、彼に誘われて女医モード(フランソワーズ・ファビアン)の家を訪れる。夜が更けて雪が降り出し、主人公はモード家で一夜を過ごすことになったが・・・。

ほとんど会話劇と言ってもいいくらい動きの無い映画。レストランで旧友と再会した主人公が、宗教やパスカルについて延々議論を戦わす場面など一体何の映画なんだと不安になったが、タイトルにもなったモード家に舞台が移ってから俄然面白くなる。

主人公を演じるのはむっつりした表情のジャン・リュイ・トランティニヤン。もう30代半ばでそろそろ結婚を意識しているのだが、何かにつけ理論武装を緩めないので「あなたは愛情よりも主義を優先するのね」などと突っ込みを入れられる始末。かと思えばモードと同じベッドに寝て悶々とする様子など、トランティニヤンの生真面目な表情が何ともおかしい。

映画の見所は何と言っても名手ネストール・アルメンドロスの端正なモノクロ撮影だ。教会、モードの部屋、大学の寮、といった室内撮影も見事なら、路地や雪の降り積もった街並みの美しさにも目が離せない。

ロメールは会話場面ではカットの切り返しを使わず、1人の人物をフィックスで捉える(会話の相手の話し声はインタビューのように画面の外から聞こえる)撮り方をしている。いわゆるシネマ・ヴェリテ風?の応用なのかな。会話のリアクションが丹念に記録されており、リアルな雰囲気を醸し出していて面白かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 7日 (日)

「獅子座」(エリック・ロメール)

職場のちょっとしたいざこざから口論が始まり、仲裁しようと間に入ったらキレた1人に腹を蹴られる・・・という夢を見た。腹部の痛みに目が覚めて、時計を見たらまだ3時頃。嫌な汗をかいている。夢の中で蹴られた胃の辺りがズキズキと痛む。すっかり目が冴えてしまい、止む無く起きて映画を見ることにした。

ロメールの長編第1「獅子座」1959年)。金持ちの伯母が死んで遺産を相続することになった中年男ピエール(ジェス・ハーン)。早速パーティを開いて派手に散財するが、結局遺産は相続できず一文無しになってアパルトマンを追い出される。パリをさ迷い歩いた挙句、浮浪者にまで零落れるが・・・。

主人公ピエールは興が乗るとバイオリンを奏でたりする自称音楽家(終盤で「音楽で食えた事など一度もない」と白状するのだが)。この熊みたいなおっさんはとにかく振る舞いが子供っぽくてどうにも好きになれず、零落れていくのも自業自得と同情できないのが辛かった。40歳、という年齢にはギョっとさせられたが。同い歳だもんなあ。ラストは一応ハッピーエンドなのだけど、この主人公にはどうも反省の色が見られず、今後も友人たちの気苦労は絶えないことであろう。

ちなみに主人公を助ける友人フランソワ(ヴァン・ドード)はパリ・マッチ誌の記者という設定で、とにかく忙しい。ひっきりなしに会社から出張の要請が来て飛び回っているという執拗な描写が繰り返されてヘンだった。あれはもしかしてギャグのつもりなのか。

前半のパーティ場面にはカイエ仲間のゴダールが出演しており、ちょっとグルーチョめいた、何かやらかしそうな(何もしないんだけど)オーラを発して目立ってた。ゴダールがゲスト出演、製作はクロード・シャブロル、というカイエ・デュ・シネマ誌周辺人脈が協力したこれぞヌーヴェル・ヴァーグ、といった作品である。1959年というから「勝手にしやがれ」「大人は判ってくれない」なんかと同じ年に作られた映画なのだな。

いい気になった主人公がはしゃぎまわる前半にはイライラさせられるが、当てどなくパリの街を徘徊する後半はとても面白い。パリの裏路地巡りは路地マニアにはたまらないお楽しみであった。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 6日 (土)

「シュザンヌの生き方」(エリック・ロメール)

ロメールの「六つの教訓話」シリーズその2「シュザンヌの生き方」1963年)見る。52分の中篇。

優柔不断な主人公ベルトラン(フィリップ・ブーザン)、友人ギヨーム(クリスチャン・シャリエール)、カフェでナンパしたシュザンヌ(カトリーヌ・セー)の微妙な三角関係。学生のベルトランとギヨームは半ばシュザンヌを馬鹿にしている様子で、働いている彼女を金づる程度に思っている。が、結局は男たちの方がいいようにあしらわれていたのだ・・・。とまあ、要約するとそんなお話。終盤に至ってタイトルの意味が分かってくるという趣向。ラストのプールの場面では主人公が自分の置かれていたポジションに気がついていたたまれない気分に陥る。まあ大学生の女性観なんて所詮そんなもんだよなあ、と。何だか青春ぽい苦さの1篇。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 5日 (金)

「モンソーのパン屋の女の子」(エリック・ロメール)

エリック・ロメール初期の「モンソーのパン屋の女の子」1963年)見る。ロメールの「六つの教訓話」シリーズ1作目で、28分の短編。出演は製作者バルベ・シュローデル(バーベット・シュローダー)。

いつも街ですれ違う女の子に恋した主人公。声を掛けてデートに誘おうと思っていたら、ぱったり彼女とすれ違わなくなってしまった。主人公は彼女の姿を追い求めて毎日街を徘徊するが・・・。

主人公は彼女を探すうち、毎日日課のように同じパン屋で菓子を買うようになり、そこの娘と顔見知りになる。パン屋通いを続ける内に肝心の彼女のことは忘れて、パン屋の娘をデートに誘ったりする。別に味が気に入った訳でもないのに、何個もサブレーを買って通りに突っ立って食べる姿がおかしい。主人公の決まりきらない不安定な様子には青春期特有のふらついた感覚がよく出ていた。ラストにはちょっとしたひねりが加えてあって面白い。あの成り行き任せでちょっと後ろめたいところもまた青春、て感じだなあ。主人公が街を徘徊する場面にはパリの路地裏巡りの楽しさもありだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 4日 (木)

「エトワール広場」(エリック・ロメール)

 唐突ですが、エリック・ロメール特集いきます。ロメールといえばどうも「女の子の出てくる映画ばっかり撮ってる爺さん」というイメージ。今まで食わず嫌いで敬遠してたのを反省して、まとめて見てみようかと。今やヌーヴェルヴァーグの監督たちの中で一番軽やかに撮り続けている(ように見える)のがロメールで、その辺りの秘密を探ってみたいと思う。

まずはオムニバス映画「パリところどころ」1965年)の挿話「エトワール広場」見る。撮影はネストール・アルメンドロス。出演はジャン・ミシェル・ルジエール、ジャン・ドゥーシェほか。 

「パリところどころ」は「ヌーヴェルヴァーグのマニフェスト」などと呼ばれるオムニバス映画。「低予算」「リアリズム(ロケ主体で街や人物を生き生き捉える、という意味で)」「撮影所の外で(素人主体のスタッフ、キャスト)」、と映画のスタイルとしても精神としても正に「ヌーヴェルヴァーグ宣言」たる1作なのである。当時若干24歳の若手プロデューサー、バーベット・シュローダー(現在はハリウッドに進出し、監督として「バーフライ」「運命の逆転」といった佳作を発表している)の元で、ゴダール、ロメールらヌーヴェルヴァーグを代表する6人の監督がパリを舞台に展開する人間模様を描く。最近も「パリ・ジュテーム」という同様の企画があったね。

ロメールのエピソード「エトワール広場」はちょっと皮肉っぽいユーモラスな短編。前半は洋服屋に勤める主人公が混み合う広場の周囲を通勤する様子を丹念にスケッチする。後半はちょっとしたいざこざから主人公がそのルートを逆走する羽目に陥る。お話としては何てことないが、生々しい街の息吹みたいなものはちゃんと伝わってくる。いかにも自主映画っぽいラフな感じが楽しい短編ではあるが、突出した輝きが感じられるという程でもないかなあ。ロメールこの時45歳。ヌーベルバーグの監督たちの中では遅咲きなんである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 2日 (火)

「スキドゥ」O.S.T.(ニルソン)

  先日東京出張の際に購入したもう1枚のCDがこれ。大好きなニルソンが音楽を手掛けた映画「スキドゥ SKIDOO1968年)のサントラ。イラストをあしらった紙ジャケットがお洒落で楽しそうだったので迷わず買った。68年といえば、2ndアルバム「空中バレー」の後あたりかな。

  「スキドゥ SKIDOO」は日本未公開のコメディ映画で、監督は「ローラ殺人事件」(1944年)、「黄金の腕」(1955年)などで知られるオットー・プレミンジャー。出演はジャッキー・グリースン、ミッキー・ルーニー、ジョン・フィリップ・ロー、ジImg_new ョージ・ラフトら。バージェス・メレディス、スリム・ピケンズら脇役も気になる。ニルソン自身も刑務所の看守でチョイ役出演しているらしい。そして何とグルーチョ・マルクス(組織のボス役らしい)の最後の出演作であるという。ううむ、見たいぞ。

  解説によると、足を洗って堅気になった元殺し屋(ジャッキー・グリースン)が、組織を裏切った密告者(ミッキー・ルーニー)を消す為にアルカトラズ刑務所に送り込まれるが、かつての友人を殺すのを拒否し、脱獄を企てる・・・というお話。60年代末のサンフランシスコが舞台で、ヒッピームーブメントやドラッグ文化の影響が色濃いナンセンス・コメディで、相当な怪作のようだ。全米公開されたがほとんどの劇場で一週間も経たないうちに上映が打ち切られ、興行的には大失敗したという。確かに聞いたこともない映画だもんなあ。

 ニルソン自身のヴォーカル曲は3曲のみ。後はCMのジングル風、往年のハリウッド調ミュージカル風、ゴージャスなオーケストレーション曲などバラエティーに富んだ楽しい楽曲が並んでいる。ニルソンのヴォーカル曲「ガーヴィッジ・キャン・バレー」「テイク・ユー・ゼア」はいかにも彼らしい美メロと優しい歌声が楽しめる佳曲。「キャスト・アンド・クルー」はタイトル通り出演者とスタッフの名前を軽快に歌い上げる曲で、映画のエンディングに流れるようだ。モリコーネが手掛けた「パゾリーニの鳥」のテーマ曲みたいな感じか。ここには最近の映画に徹底的に欠けているユーモアが横溢している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »