バラードが死んでしまった
我が最愛の作家、J・G・バラードが死んでしまった。享年78歳、死因は癌だったようだ。追悼に「ヴァーミリオン・サンズ」を読み返すことにしよう。合掌。
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痛風になってしまった。風が吹いても痛い、とは良く言ったものだ。右足の親指の付け根あたりが腫れ上がって、刃物突き立てられてるみたいな激しい痛みが襲う。歩くことすらままならず、会社を休んでしまった。じっとしててもなお痛いので、映画見ることも読書も音楽聴く気すら起きず、ただただ耐えるばかり。こうしてキーボード打ってても振動でズキズキ痛むのだからたまらん。自業自得?はい、仰るとおり。これで当分命の水・ビールとはお別れか。それを一番の愉しみに生きてきたのに。これからは何を愉しみに生きていけばいいのだろう。嗚呼。痛い・・・。
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晩ご飯食べながらTVでやってた「奥様は魔女」BEWITCHED(2005年)見る。
往年の人気ドラマ「奥様は魔女」がリメイクされることになり、落ち目のハリウッドスター、ジャック(ウィル・フェレル)にダーリン役のオファーが来た。主演映画がコケて焦るジャックは、このドラマで人気を取り戻す為、自分より目立たないだろうとサマンサ役に無名の新人イザベル(ニコール・キッドマン)を起用。ところがイザベルは普通の生活に憧れて人間界にやって来た本物の魔女だった・・・。
「奥様は魔女」を踏襲するお話が本編と劇中劇の両方で展開、TVドラマ界のバックステージもの的趣向も盛り込まれ、ファンタジー仕立てのラブコメとしては(ちょっとだけ)凝った作りでまあまあ面白い。主演はニコール・キッドマン、相手役は人気コメディアン(らしい)ウィル・フェレル、脇にはマイケル・ケインとシャーリー・マクレーンの熟年カップル。ジャックのマネージャー役で「天才マックス」ことジェイソン・シュワルツマンの姿も。
正直言って、二コール・キッドマンのカマトト(死語)ぶりがキツかった。普通に彼女のファンである俺が見てもかなりキツいんだから。サマンサお馴染みの鼻ピクピクや、長身ではしゃぎまわる姿など、痛々しいほどであった。この役を演じるには年齢的にも本来のキャラクターからいってもちょい無理があるという気がしたなあ。
この映画の見所は意外や相手役のウィル・フェレルであった。彼はアメリカでは人気のコメディアンだそうだが、チェビー・チェイス風というかサタデーナイトライブテイストというか、外した間でボケる芸風はいまひとつ馴染みにくいものがある。ゴリラめいた顔と長身、ロン・パールマンを思いっきりスマートにしたようなルックスも何か違和感がある。この映画においてはウィルの違和感こそが面白かった。ウィルが何かギャグをかます度に、「ハリウッドの人気女優主演のファンタジックなラブコメディ」という体裁がバラバラに壊れてしまいそうな危なっかしい感じがしてスリリングであった。
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敬愛する音楽評論家・湯浅学氏の小説「あなのかなたに」読む。主人公・正夫が自販機向けエロ本や卓球雑誌の編集に関わりながら、やがて音楽評論家として活動を始めるまでを描く。湯浅氏の自伝的青春小説、なのだろう。出版業界の人物スケッチ、80年代の音楽シーン、そして苦々しい恋愛。とりたててイベント性のあるお話ではないのだけれど、湯浅氏の軽妙な筆致はとてもリアルに心に響く。決して「お洒落」なものではないけれど、これでいいんだ。俺が東京で暮らしていたのはこの小説に描かれた時代よりもかなり後なのだけれど、気分的には随分近しいものに思えた。レコ屋巡りに精を出し、1人暮らしの部屋に戻っては酒を飲んで音楽を聴き、腐れ縁の女と時折電話で話しては悶々とする、と、まあ俺も正夫と似たような毎日だったからかもしれないけど。苦さもエロも笑いもごちゃ混ぜになって、ふと突き抜けた晴れやかさに至るラストが良かった。
湯浅氏の文章は「幻の名盤開放同盟」のライナーでその名調子を目にして以来のファン。ちょっとひねった文章ながら、書き手の対象に向ける誠実な姿勢と正直な感想が伝わってくる。個人的には湯浅氏は泣きの文章も上手いと思っていて、カウリスマキの「白い花びら」のパンフレットに寄せた文章など素晴らしい。ミュージックマガジン増刊「ムーンライダーズの30年」に寄せたアルバム「MOON OVER the ROSEBUD」評では、「ロマンチックってのは甘かあねえんだ。いくら叫んだって愛なんて万人に通じるものじゃねえんだ、と思いつつ世界を狭くしてるのは俺かもしれない、と聴く者の自問自答を誘う」なんて一文に思わずうなずいてしまう。
湯浅氏は著述業の他に音楽活動も行っており、近々ユニット「湯浅湾」のアルバム「港」が出るようだ。これもぜひ聴いてみたい。
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アルドリッチの「北国の帝王」EMPEROR OF THE NORTH(1973年)がDVD化されたので久しぶりに見直してみた。ちなみにDVDは20世紀フォックスリクエスト・ライブラリーの1本として発売。この映画をもう一度見たかった人が多かったということか?リー・マーヴィン(小林清志)、ボーグナイン(富田耕生)の日本語吹き替え収録も嬉しい。
1930年代、大不況真っ只中のアメリカ。列車に無賃乗車して各地を渡り歩く移動労働者(ホーボーと呼ばれる)たちがいた。一方、無賃乗車を許せない鉄道会社ではホーボーの存在に悩んでいたが、19号列車の車掌シャック(アーネスト・ボーグナイン)は暴力をも厭わない厳しさで徹底排除を行っていた。そんな中、「北国の帝王」と呼ばれる伝説的なホーボー、Aナンバーワン(リー・マーヴィン)が19号列車へと挑戦した・・・。
要するにタダ乗りを企む男とそれを阻止しようとする男が列車上で対決する、ただそれだけの話なんである。改めて見直したら本当にそれだけのお話だったんで驚愕した。しかもこれ、コメディではない。血沸き肉踊る大真面目なアクション映画なんである。1930年代アメリカの社会情勢とか風俗描写とか、無骨な男のロマンスとか、若いホーボーとの師弟関係とか、いくらでも寄り道出来ようが、描かれるのはほぼ疾走する列車と男の対決、これだけである。画面には、疾走する列車、森林地帯の大自然、ホーボーや鉄道員たちの顔顔顔、そして男の対決・・・。この恐るべきシンプルなお話で121分ぐいぐい引っ張るアルドリッチの力技には敬服するしかない。
劇中に、若いホーボー、シガレット(キース・キャラダイン)とAナンバーワンの師弟関係みたいな部分は確かにあるが、面白いのは何も発展しないことだ。シガレットは徹底して姑息な卑怯者として描かれ、Aナンバーワンは途中でタダ乗りのテクニックを伝授するのを止めてしまうのだ。この辺は「スペース・カウボーイ」の頃のイーストウッドみたいなもんで、「若い腰抜けには何も教えることなどない」という頑固さで逆に小気味よいくらいだ。アルドリッチが描くのはひたすらにAナンバーワンと車掌シャック、この2人の男なんである。主人公はAナンバーワンだが、アルドリッチは車掌シャックを単なる敵役としては描いていない。徹底して職務に忠実な、頑固一徹の男として賛美しているのだ。この辺もいいなあ。演じるリー・マーヴィン、アーネスト・ボーグナインの顔つき、体型、太々しい存在感!2人ともこの役を演じるために存在しているというくらいのハマリ役である。最初は頭脳戦で駆け引きを行っていた2人が、ついに直接対決を迎えるクライマックス。疾走する列車の上で、文字通りの肉弾戦だ。武器は角材、ハンマー、チェーン、そして斧!
対決を終えて、Aナンバーワンが雄叫びをあげ、列車がぐんぐん遠ざかっていく。このラストシーンもいいなあ。Aナンバーワンのお説教がまた何ともかっこ良いのだ。
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ジョン・カーペンター監督のカルト・クラシックをロブ・ゾンビ監督がリメイクした「ハロウィン」HALLOWEEN(2007年)見る。
アメリカの田舎町に暮らすマイケル・マイヤーズ少年(ダエグ・フェアーク)。両親の仲は悪く、学校ではいじめられ、孤独な毎日を送っていた。そしてハロウィンの夜、ついにマイケルは幼い妹を残して一家を惨殺、精神病院に収監され、ドクター・ルーミス(マルコム・マクドウェル)の治療を受け始める。それから17年後、巨漢に成長したマイケルは病院を脱走し、殺人を繰り返しながら、妹の元へと向かうのだが・・・。
ロブ・ゾンビ監督のこれまでの作品を振り返るならば、「マーダー・ライドショー」はまるで「悪魔のいけにえ2」の再現、「デビルズ・リジェクト」は「ナチュラル・ボーン・キラーズ」の本来あるべき姿を示し、「ナチ親衛隊の狼女」(「グラインドハウス」収録のフェイク予告編)は即トラッシュマウンテン・レーベルから発売されそうな映像を提示、とマニアを裏切らない仕事ぶりであった。今回は「ハロウィン」のリメイクということで、実にストレートなスラッシャーものに仕上がっている。これをして地味だ、新鮮味が無いと批判する向きもあろうが、いやいや俺は好きだったなあ。転がる死体一つ流れる血のどす黒い色彩一つとっても正統的なホラー演出を心得た撮り方だし、後半のたたみかけるようなアップテンポの演出もまた面白い。ロブ・ゾンビの溢れんばかりのホラー映画愛が横溢した好篇だと思う。
チョイ役まで含めてキャスティングがマニアックだ。カーペンター版でドナルド・プレザンスが演じたドクター・ルーミスはマルコム・マクドウェル。マイケルの義父はウィリアム・フォーサイス(「デビルズ・リジェクト」)、保安官はブラッド・ドゥーリフ(「スポンティニアス・コンバッション」)、看護婦はシビル・ダニング(「ハウリング2」)、精神病院の経営者はウド・キア(「悪魔のはらわた」)、看守はダニー・トレホ、墓守役はビル・モーズリー(「悪魔のいけにえ2」)、マイケルの犠牲となるトラック運転手ビッグ・ジョー・グリズリーはケン・フォーリー(「ゾンビ」)、その他ディー・ウォーレス(「クジョー」)、シド・ヘイグ(「スパイダー・ベイビー」)、クリント・ハワード(「デビル・スピーク」)、リチャード・リンチ(「ディーモン/悪魔の受精卵」)など、ホラー映画出演歴のある錚々たる顔ぶれが揃っている。彼らは映画に何ともいえないBクラスならではの荒みというか凄みを吹き込んでいる。マイケルの母親役は監督の女房シェリ・ムーン・ゾンビ。しっかりした演技力といい女っぷりを見せてくれる。
リメイク版の最重要ポイントは、マイケルの少年時代を描いていることだろう。マイケルは絵に描いたようなホワイトトラッシュの出身(母親はストリッパー、義父は酒びたりのろくでなし、姉貴はあばずれ)で、学校ではいじめられっこで・・・という。殺人鬼の生い立ちを描けば描くほど怖くなくなるというホラー映画のタブーがあり、この映画は正にそのタブーを犯している訳だ。しかし監督の主眼は正にこの前半部分にあったような気がする。というのも映画はこのマイケルに肩入れして描いているように見えるからだ。マイケルの少年時代を演じた子役が凄い存在感で、怪物化した後のマイケルを予感させるのも良かった。浮腫んだような頬、パサパサした金髪、空虚な目つき・・・。映画はマイケル少年の暗い欲望と同化し、殴り、刺し、幼い妹を抱きしめるのだ。監督の目線がマイケルに注がれているのが明らかになるのはエンディング。そこに流れるのは幼いマイケルと母親が戯れる様子を映し出すホームムービー(8ミリ!)。母親が自殺する寸前に見ていた映像でもある。今回のリメイク版がこのテのありがちで単細胞なスラッシャー・ムービーと一線を画しているのは、監督が独自の視点でマイケルに愛情を注いで描いているからではないかと思う。今回もまたゾンビの名に恥じない立派な仕事ぶりだったと言えよう。
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昨年劇場で見逃していたミシェル・ゴンドリー監督「僕らのミライへ逆回転」BE KIND REWIND(2008年)をようやくチェック。予告編が楽しそうだったので、素直に期待して見始めた。本編と関係ないけど、この邦題は意味不明で最悪だな。
今時DVDも置いてない古ぼけたレンタルビデオ店が舞台。店長(ダニー・グローヴァー)は、街の再開発で市から立ち退きを言い渡されて悩んでいた。ある日、店長の留守を任された店員マイク(モス・デフ)は大張り切りで仕事に励むが、常連客のジュリー(ジャック・ブラック)のせいで店のビデオが全て消去されてしまった。常連客のおばあさん(ミア・ファロー)から「ゴーストバスターズ」を見たいと要求されたマイクは、ジュリーとともにホームビデオで勝手にリメイク。「スウェーデン製のリメイク版だ」と偽って貸し出した。苦情が来るかと思いきや、近所の話題になり、調子に乗ったマイクたちは自作自演で次々と名作映画をリメイクし始めるのだが・・・。
リメイクっていってもその辺のガラクタやダンボールで扮装してホームビデオで撮影した、いわゆる「映画ごっこ」みたいなもの。細部に凝ったオタク臭いものではなく、うろ覚えのまま適当に再現しているユルさがおかしい。その手作り感覚に溢れた撮影の様子は微笑ましく、映画作りの初期衝動というか、カメラ廻してると何してても楽しいというあの感覚はとても良く伝わってくる。「ゴーストバスターズ」「ロボコップ」「ドライビング・ミス・デイジー」「2001年宇宙の旅」とかメジャーなだけで何の脈絡も無いラインナップも適当で面白い。
後半、著作権問題でビデオを差し押さえられた主人公たちは初めてオリジナル企画に挑戦する。ご当地出身(らしい)黒人ミュージシャンの伝記映画で、ご近所の人たちも手伝って盛大に撮影が行われる。この製作風景、本編映像も面白い。何しろ皆楽しそうなのがいいね。
いよいよ店の取り壊しの日、映画の完成試写会が行われる。映画の関係者、街の人たち、取り壊しにやって来た市の職員たちまでもが感動して、拍手で主人公たちを出迎える。感動のラストシーン・・・。なのだろうが、映画作りの話からご近所の人情話にスライドする展開はちょっとノレなかったなあ。急に皆いい人みたいになるのが解せないし、取り壊されるのか否かという部分をきちんと描かず何となくいい話みたいな気分で終わるのはフェアじゃないと思う。映画作りの映画としても、ご近所の人情ドラマとしても中途半端な印象が残ってしまった。
映画っていいものだ、映画は何かを変えられる。ミシェル・ゴンドリーは映画の力を信じている・・・のかもしれない。でも、正直言って、俺はどうにも落ち着かなかった。素直に感動できなかったんだよ。何か胡散臭い気がして。「映画の力を信じてる」のではなくて、どこか「映画ってちょろいじゃん」と甘く見ているようなミシェル・ゴンドリーの思い上がりを感じてしまうのだな。考え過ぎかなあ。そもそも、あいつらビデオ撮りっぱなしで編集もしないで貸し出してるぞ。そんなの面白いわけないだろって。いくら映画の嘘だっていっても。
さておき、自分なら何をリメイクするか考えてみるのは面白いかも。そうだなあ、「デスレース2000年」とかどうよ。「オーメン2」とか。思い出してみると、自分が学生時代に作った自主映画「血とダイナマイト」ってのがあったが、あれはモロにスウェーデン製だったなあ。マカロニウエスタンのスウェーデン製リメイク。
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チェコの映画ポスターを集めた本を見つけたので買ってみた。日本ではあんまり馴染みの無いチェコ映画であるが、どうやらポスター作りに関しては独自の進化を遂げたようで、とても興味深い一冊であった。
チェコ映画といえば思い出すのはチェコアニメ。三大巨匠と呼ばれるカレル・ゼマン、イジー・トルンカ、ヤン・シュワンクマイエルの作品、日本ではトラッシュマウンテン・レーベルで紹介された「闇のバイブル」等のファンタジー映画。他にはミロシュ・フォアマンに代表されるチェコ・ヌーヴェルヴァーグの作品。どのページにも凝りに凝ったお洒落なポスターが掲載されていて楽しめる。
この本のもう一つの見所は外国映画のポスターだ。解説によると、社会主義体制だった頃のチェコでは海外の配給会社が宣伝に関して著作権を行使できなかった為に、チェコ独自のポスターが数多く作成されたのだとか。その結果、恐ろしくアーティスティックというかアバンギャルドというかオリジナリティー溢れるポスターが誕生することになった。上の写真は、黒澤明の「天国と地獄」。
凄いのは「イージー・ライダー」。ほとんどポップ・アートの世界。素晴らしい。
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晴れた休日の過ごし方と言えば、散歩に決まっている。いや決まっていた。かつての自分ならば、映画館行くか、レコ屋行くか、本屋行くか、散歩するか、でなければ酒飲んでるか。ギャンブルはやらない。シンプル極まりない休日の過ごし方をしていた。路地裏散歩は、妙な看板やいわゆるトマソンを探したり、猫と出くわしたりしながらのんびり歩き回るのが大好きであった。
4月に入って、仙台も暖かくなって来た。今日は久しぶりにのんびりと散歩の休日であった。
まずは前からチェックしていたカレー屋さん「DERI & CAFE YAMAGUCHI」(仙台市青葉区)で昼食を。揚げ茄子とオクラのカリーを注文。妻はチキンカリーを。ドリンクとデザート付きのランチセット。カレーはかなりスパイシーな辛口で、そこにオクラの甘みととろみが絡み合って美味しかった。ドリンクはグレープフルーツジュースを頼んだら絞りたてで出てきて嬉しかった。デザート(マンゴーソースのパンナコッタ)も絶妙の甘みと柔らかさで美味しかったですよ。このお店は期待通りの美味しさで、また食べたいと思ったことであるよ。次はタンドリーチキンカリーとかいってみようかな。
その後は台原森林公園を散策。仙台駅からそんなに遠くないのに、こんなにでっかい自然公園があるとは、さすが「杜の都」などと呼ばれるだけのことはあるなと改めて感心。もう少し木々が緑に覆われてからの散歩も楽しそうだ。
公園に隣接する地下鉄旭ヶ丘駅を抜けて、商店街を歩き回る。何の変哲も無いちんまりとした商店街だったけど、これまた楽しい。道が狭い割には、やけに車の通りが激しいなあと思った。自分の住んでる宮城野区界隈もそうだけれど、この車の多さはやはり田舎ならではなのかなあという気もするね。
しばらく歩いて、商店街の端っこあたりに、「肉のさ○○」(一応伏字)というお肉屋さんを発見。店のウィンドウには手書きのポップがベタベタと貼っており、何と「イノシシ」「カエル」「ダチョウ」「ワニ肉」などという荒々しい文字が躍っているではないか。よく見ると「カンガルー」「らくだ」「アザラシ」なんてのもあるぞ。どういう肉屋なんだ。そしたら、あろうことか、「肉のどうぶつえん」なんて書いてあるではないか!これには仰天した。肉のどうぶつえんって・・・。悪い冗談か?お店には弁当屋が併設されており、どうやらこの店のお肉を使用しているようだ。だからってどんなメニューがあるのか、そこまで確かめる勇気は無かった。ていうか「肉のどうぶつえん」の衝撃に思考回路が停止して、そこまで考えられなかった。いやはや。
久々の散歩は大成功。のんびりと過ごせた上に、怪しい肉屋発見でかつての路地裏散策の楽しさを思い出すことが出来た。今度はどの辺を散歩しようか。
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話題の新作「ウォッチメン」WATCHMEN見る。仙台のシネコン、コロナワールドにて。気合入れて9:20からの初回に駆け込んだら、お客さんはたったの3人であった。
時は1985年、ベトナム戦争に勝利し、いまだニクソン大統領が政権を握っているアメリカ。ソ連と続いている冷戦は、核戦争勃発を目前に緊張が最高潮に高まっていた。ヒーローの自警活動は法律で禁じられ、かつての正義の味方たちは引退の身。ある日、ヒーロー集団「ウォッチメン」の元メンバー、通称「コメディアン」が殺された。事件を不審に思った元同僚の「ロールシャッハ」は真相究明に乗り出すが・・・。
これは期待以上に面白かった!監督は「ドーン・オブ・ザ・デッド」(2004年)のザック・スナイダー。さすがオタクらしく、あらゆる細部に溢れんばかりの愛情が注ぎ込まれており、見応えたっぷり。スローモーションを多用したキメの演出は見慣れてくると若干メリハリに欠けるきらいはあるものの、163分の長尺を飽きさせずにグイグイ引っ張る演出力はなかなかのもの。
原作はコミック初のヒューゴー賞受賞という伝説的なグラフィック・ノベル(単なるアメコミとは違うのでそう呼ぶそうな)。ヒーローを投入したことでベトナム戦争に勝利したアメリカ、という恐ろしい設定が実に興味深い。そればかりかケネディ暗殺、キューバ危機といった60年代~70年代のアメリカに影を落とした事件の影にはスーパーヒーローたちの暗躍があり、もはや単なる「正義の味方」と呼べなくなったヒーローたちの活動は政府によって禁じられているという設定。この「活動を禁じられたヒーロー」「元ヒーローが次々襲われる」というストーリーでピンと来るのは、そう、ピクサーアニメ「Mr.インクレディブル」!あれの元ネタは「ウォッチメン」だったのだな。「ヒーローの存在意義」「正義とは何か」をとことん突き詰めていく徹底した姿勢はとても面白い。
主人公「ロールシャッハ」はくたびれたトレンチコートにソフト帽という、まるで犯罪映画から抜け出してきたようなスタイルで、被ったマスクにはその名の通り怪しげな文様が蠢く。この顔の無い男がさながらハードボイルドの探偵のように謎を追って街を彷徨い、巨悪の陰謀と対決するという展開には燃える。卓越したヴィジュアルセンスで犯罪映画のルックを再現する前半部分、さすが「ゾンビ」のリメイクをものにしたザック・スナイダーらしい激烈なバイオレンス描写が満載された中盤の刑務所暴動あたりまでは最高に面白い。いかにもコミック原作のヒーローものらしい大風呂敷なヴジュアルが展開する終盤は、個人的にはちょっとついていけない感じもあったけど。ロールシャッハの男らしい最後と、バッドエンディングすれすれの終わり方には泣けた。
どうも最近のハリウッド映画、特にアメコミ原作のヒーローものとなればハードロックというかデジロックみたいなやかましい曲が流れて、チャカチャカしたデジタル編集で見苦しい映像、という悪しき印象がある。そこにきて「ウォッチメン」はどうか。冒頭には意表を突いてボブ・ディランの某曲が流れ、偽のアメリカ史がモンタージュされる。クライマックスに至っては、(一番の盛り上げどころにラロ・シフリンによるテーマ曲が流れる「ミッション:インポッシブル」のように)ジミ・ヘンドリックスの某曲が鳴り響く!何かこれだけで全てOKのような気がしたなあ。さておき、これは必見作だ。
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我が最愛のロックバンド、ムーンライダーズ。数あるオリジナルアルバムの中で最も好きな3枚を挙げよと言われたら、「カメラ=万年筆」(1980年)、「アマチュア・アカデミー」(1984年)、もう1枚はその日の気分によって選ぶという感じ。ちなみに今日の気分では「Don’t Trust Over Thirty」(1986年)か。♪月にでも行ってみたい そんな気がする四十代 できれば何にもしたくない 金さえあればの四十代」「突然、頭がだるくなり 目を閉じた。真っ暗闇で気持ち良い・・・」(「だるい人」)てなもんで。それはさておき。
2005年から始まったアーカイヴ・シリーズの第4弾「ライブ・アット・広島見真講堂 1980.10.11」が出た。今回は「カメラ=万年筆」発表時のツアーからの発掘音源を収録したもので、「アルファビル」「欲望」「彼女について知っている二、三の事柄」などと映画のタイトルからインスピレーションを得た曲がずらりと並んでいる。当時のライダーズは同時代的な流れとしてパンク・ニューウェーヴに最も接近していた頃。このライヴでも演奏に異様なほどスピード感がある。かしぶち氏のドラミング、博文氏のベースもやたら早い。良明氏のギターはニューウェーヴらしくペキペキ鳴ってるし、岡田氏のキーボードがいつになく自己主張している。とにかくカッコいい。まだ20代だった頃のライダーズの強烈なパワーが伝わってくる好ライヴ盤といえよう。
クライマックスには慶一の「イタリアン・ツイスト!」というMCで「太陽の下の18才」(エンニオ・モリコーネのカヴァー)、「水の中のナイフ」、「24000のキッス」(イタリアのリトル・トニーという歌手のカヴァー)のツイスト3連発。歌謡曲ともロックともつかぬ妙なミクスチャー感覚がインパクト絶大。この辺のねじれ具合がいかにもライダーズらしくて楽しい。
ライヴの最後の曲は「24時間の情事」。慶一氏がMCでちゃんと「ヒロシマ・モナムール!」と原題で紹介してるのにはグっときた。いやあカッコ良い。
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以前は盛んに飲み歩いていたせいで、いわゆる「行きつけの飲み屋」というものがあった。東京都荻窪に住んでいた頃は「魚津」、茨城県水戸市に住んでいた頃は「ととや」。どちらも大好きで何度も通ったものだ。
仙台に越してきて早3年目になるが、最近は外で飲む機会もめっきり減ってしまって寂しい限り。仙台に来てから気に入ったお店はといえば、友人のK氏に教えてもらった「たけ政」と、美味い料理に鼻が利く妻が発見した「土竜(もぐら)」くらい。「行きつけの」と呼べるほど通ってはいないのだけれど。
今夜は仕事明けに、久しぶりに妻を誘って「土竜」へ行って来た。お店はホテル仙台プラザそばで、仙台駅からは離れてる(徒歩15分くらい)し、通り沿いに看板も出ていないのでちょっと分かりにくいけれど、いつもお客さんがいっぱい。鹿児島の「さつま知覧どり」を使った料理がメインで、何頼んでもハズレがない。お値段もリーズナブル。チキン好きとしてはお気に入りのお店なのだ。今日は珍しく学生風の団体がいたけれど、いつもはサラリーマン2人連れとか中高年のカップルとかが多く、客の年齢層は高め。だから落ち着いて静かに飲めるのもいい。仙台出張の折など一杯やるにはうってつけのお店だと思いますよ。ああ、思い出したらまた飲みたくなってきた。
・・・なんて文章を書くと何だかとってもブログっぽいなあ。
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高橋幸宏のニューアルバム「Page By Page」聴く。前作「ブルー・ムーン・ブルー」に続いて、今回も穏やかなエレクトロニカ路線。前作の続編みたいな冒頭の2曲「Out There」「The Words」も良いが、後期YMOを思わせる重たい感じのテクノ(とあえて呼びたい)「Atomic Chicken Dog」、コーネリアスが参加した軽快な「Emerger」なんかも面白い。お得意のビートルズのカヴァーも。美しいメロディと幸宏の優しい歌声が心に染みこんでくるようで心地良い。曲やアレンジはもちろん、アートワークもいつもながらとってもお洒落。
個人的には、最後の2曲「Meteor Rain」「Valerie」にやられた。この2曲はちょっと普通じゃない感じがしたなあ。無理に書くならば、(決して聴くことのできないはずの)自分の葬式で流れてる音楽を聴いているような感じというか。聴いていると、視界の下方からエンディングクレジットがせり上がってくるような感じというか。とっても遠くから聴こえてくるようで、実は自分の脳の隙間で響いているメロディだったというか。ううむ、上手く説明出来ないのだけれども。
ところで、あるインタビューで幸宏はこんな事を言っていた。「僕が書く歌詞は、昔から私小説的なラブ・ソングか、現状打破がテーマ」なのだと。彼の揺るぎの無い姿勢と変わらぬ魅力の一端をうかがい知れる発言だと思う。
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