人間ドラマ

2008年8月23日 (土)

「ショートバス」(ジョン・キャメロン・ミッチェル)

 ジョン・キャメロン・ミッチェル監督「ショートバス」2006年)見る。N..のサロン「ショートバス」に集う様々な男女の赤裸々な愛の姿を描く。過激なセックス描写が話題となった作品で、確かにオナニー、ノーマルセックスからSM、ゲイセックス、乱交に至るまで様々なプレイが満載されている。とはいっても別にポルノ映画ではなくて、基本的には孤独な現代人の姿と、セックスを通じて開放されていく男女を描いた真面目な映画である。監督はこの題材に対し真剣に取り組んでおり、その真面目さは確かに伝わってきた。が、あまりのナイーブさにアホらしくてイライラさせられたというのが正直な感想。

 そもそも「ショートバス」という場所にしたところで要はかつてのヒッピーのコミューンからハッパを抜いてコミュニケーションの不毛に苦しむ孤独な現代人の悩みとN..のゲイカルチャーをまぶして一丁上がりてなもんで、ラブ&ピース、フリーセックスOKOK、だからって絶対に行ってみたいとは思えない場所であった。そこに集う登場人物はといえば、孤独なSMの女王、夫とのセックスでオーガズムに達したことがないという悩みを抱えるカウンセラー、三角関係に悩むゲイのカップル、とか何かこう凄く紋切り型な感じ。そいつらが夜な夜なサロンに集まってうじうじとありきたりな悩み(良く言えば普遍的な悩み)を吐露したりセックスしたりする、という訳で、登場人物の一人が「12歳の頃に探していたものを、僕はいまだに探してるんだ」などと思い入れたっぷりに告白する場面にいたっては「勝手に死ぬまで探してろ」と言いたくなるほどイラっときた。セックスを通じて開放されていく男女の姿を描くということにおいては、日本にはAVという優れたジャンルが存在している。人間洞察の深さ、映像的な面白さ、そしてもちろんエロにおいても、かつて目にした代々木忠監督やカンパニー松尾監督のAVの足元にも及ばないと思ったことであるよ。

 音楽はヨ・ラ・テンゴ。浮遊感のある音楽が印象に残る。

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2008年8月15日 (金)

「それぞれのシネマ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~」(オムニバス)

2007年にカンヌ映画祭60回を記念して作られたオムニバス映画「それぞれのシネマ」見る。「映画館」をテーマに、著名な監督たちが3分間の短編で腕を競う。参加した監督陣はテオ・アンゲロプロス、オリヴィエ・アサイヤス、チェン・カイコー、マイケル・チミノ、ホウ・シャオシェン、アキ・カウリスマキ、クロード・ルルーシュ、ツァイ・ミンリャン、ヴィム・ヴェンダース、チャン・イーモウ、ウォン・カーウァイら多国籍の超豪華な面々。日本からは北野武が参加している。

3分間で起承転結のあるスッキリとした短編は意外に少なくて(もしやロマン・ポランスキー編くらいか)、中途半端な作品が多くて満腹感には至らずというのが正直な感想。とはいえ3分間にも関わらず監督の個性が伝わってくるのは事実で、映画ヲタとしては1作が終わる度にクレジットを見て「やっぱりこの人だったか」とニヤニヤするお楽しみはありだ。出てくる少年の顔つきを見ただけでガス・ヴァン・サント編だと分かったのはちょっと嫌だったが・・・。

テーマがテーマなんで仕方ないかもしれないが、毎度スクリーンを眺める観客の表情ばかり映し出されるのが辛かった。うっとりとスクリーンを眺める観客たちの表情は、「映画っていいものだ」と映画自身で自画自賛してるような感じがしてちょっと嫌だった。その一方、中にはマナーの悪い観客もいて、これには監督の意地悪さを感じたなあ。煙草吸ったり(北野武編ほか)、携帯カメラで撮影したり(アトム・エゴヤン編)、要らぬお喋りしたり(ラース・フォン・トリアー編)、トイレで自殺しようとしたり(デヴィッド・クローネンバーグ編)、チケット売り場に並んでから映画選び始めたり(ケン・ローチ編)・・・。個人的にはそんな自画自賛とも意地悪さとも無縁に、ひたすらマイペースで不穏な映像を繰り出すデヴィッド・リンチ編が好きだった。 

ちなみに本作はフェデリコ・フェリーニに捧げられている。映画館にやって来た親子連れが結局映画見ないでサッカーに行っちゃうケン・ローチ編を見て天国のフェリーニは苦笑いしてることであろう。 

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2008年8月14日 (木)

「こわれゆく女」(ジョン・カサヴェテス)

ジョン・カサヴェテス監督「こわれゆく女」1974年)見る。上映時間145分の長尺で、愛し合っていながらお互い苦しめ合う中年夫婦の葛藤をじっくりと描く名作。「ぐるりのこと。」に続いて、崩壊夫婦再生映画の連続鑑賞だ。

何に対しても思いっきり空回る妻を演じるのはジーナ・ローランズ。もう冒頭からフルスロットルの情緒不安定ぶりで凄すぎる。夫が仕事仲間を招いて食事する場面のいたたまれない感覚はほとんど耐え難い程であった。対する夫を演じるのはピーター・フォーク。現場労働者で、仕事仲間に信頼も厚いその人柄が滲み出てくるような名演。周囲に対しては妻を必死に擁護し、しかし妻の錯乱には真っ先にキレてしまう混乱ぶりには胸を打たれる。ジーナ・ローランズとピーター・フォークは勿論だが、両親や子供たち、夫の仕事仲間など隅々の脇役にも演技を超えた生々しい存在感がある。カサヴェテス演出の凄さを改めて認識させられた。

映像的にはイマイチだった「ぐるりのこと。」に比べ、こちらは撮影(マイク・フェリス、デヴィッド・ノウェル)が実に力強い。手持ちカメラで切り取るフレームは、まるで夫婦喧嘩の現場に居合わせたがごとく臨場感に溢れている。自然光差し込む室内、工事現場の男たち、雨降りの街路などさりげない場面の映像も実に魅力的だ。

退院した妻を迎えて一悶着あった後、ようやく家族水入らずで平穏を取り戻す(かに見える)ラスト。ロバート・ワイアットみたいな感じの曲が流れて、夫婦が淡々と寝室のベッドを準備し始める簡潔なエンディングがとても良かった。泣けた。

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2008年8月13日 (水)

「ぐるりのこと。」(橋口亮輔)

 仙台桜井薬局セントラホールにて橋口亮輔監督「ぐるりのこと。」見る。子供を失ったことから精神的に不安定となる妻と、それを支える夫。約10年間に渡る一組の夫婦の紆余曲折を描くドラマ。加えて主人公を法廷画家に設定し、90年代の様々な事件(宮崎勤事件、地下鉄サリン事件など)を絡めて時代の空気までも描こうという大変な力作である。意余って力足りずか未消化な部分もあり、社会性の織り込み方はいささかわざとらしいと思う。周囲の登場人物が図式的なのも気になった。それでも最後までこの映画から目が離せなかったのは、ひとえに主人公となる夫婦のおかげである。

 飄々と毎日を乗り切っていく夫を演じるのはリリー・フランキー。音楽雑誌の隅っこにイラストを描いてた頃からお馴染みであるが、今や著名人の仲間入りを果たし、映画初主演。これが予想以上の好演であった。飄々とした存在感は素に近いと思われるが、自殺した父親について淡々と語る場面など実に上手いと思った。生真面目な性格の妻を演じるのは木村多江。煮詰まって「ちゃんとしたかった」のだと泣き崩れる場面はとてもリアルであった。ようやく活路を見出した終盤、短く切った髪型がとても良く似合っていた。

 夫婦間の会話が妙にリアルで、身につまされるというか何と言うか。情緒不安定に陥った妻に「どうして私といっしょにいるの?」「私のどこが好きなの?」などと詰め寄られて思わず口ごもってしまうリリー氏。愛してない訳じゃないんだ。でも、そんな時にスラスラ答えられるほど器用じゃないんだよ、と。途中からリリー氏演じる夫に思いっきり感情移入してしまったよ。ううむ。

 正直言って、情緒不安定な人物は大の苦手だ。映画は勿論、現実にも感情的になっている人を見ると思わず逃げ出したくなる。例えば職場で怒りまくってる人がいると、自分が悪くなくても(自分がその件と関係なくても)謝って何とかその場を収めようと考えて居ても立っても居られなくなる程だ。故に「ぐるりのこと。」はある意味針のムシロのような映画である訳だが、主人公夫婦の等身大な存在感のおかげで共感を持って見ることが出来た。

 上映時間 140分という長尺で、内容も重かったが、見て良かったと思う。これでもう少し映像的に冴えていたら・・・と思い残念だ。監督が映像には重きを置いていないのは分かるんだけど、あまりに映像が平坦で魅力に乏しいんだよなあ。これは本作に限らず最近の邦画に共通する問題点なのかもしれないが。

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2008年5月 8日 (木)

「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(ポール・トーマス・アンダーソン)

 夜、ひとり事務所に残って残業していたら、お客と飲みに行ったはずの上司からものすごおおおおおおく下らない用事で呼び出しがかかり、わざわざタクシー呼んで仙台駅前まで行くハメになった。幸い用事はアッサリと済んだが、イライラが収まらず、少し迷った挙句、仙台駅東口付近のミニシアター「チネラヴィータ」へ飛び込む。

 レイトショーにてポール・トーマス・アンダーソン監督の新作「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」見る。「マグノリア」「パンチドランク・ラブ」、そして何より「ブギーナイツ」(90年代以降のアメリカ映画では最も好きな1本)のポール・トーマス・アンダーソン監督だけに期待は大きかった。

 舞台は20世紀初頭のアメリカ。主人公は一攫千金を夢見る山師ダニエル・プレインヴュー(本作でアカデミー主演男優賞受賞のダニエル・デイ=ルイス)。石油を掘り当てて成り上がっていく男の欲望と裏切りの生涯を描く。

 いやあP・T・アンダーソンはやっぱり凄い。監督の若さ(1970年生まれ)にしてこの題材、この映像は正に野心作と呼ぶに相応しく、その挑戦を見事ものにしていたと思う。堂々たる筆致で2時間半、ぐいぐい引っ張る。期待通り、いや期待以上の1作であった。ダニエル・ディ=ルイス演じる主人公はあまりに強烈で感情移入不可能であったが、カリスマ的な迫力で最後まで目が離せなかった。あの訳のわからないパワーと強大な父権の行使っぷりに拮抗出来るのは、「血と骨」のビートたけしくらいだろう。クライマックスのボーリング場の一幕は凄い迫力であった。お前のミルクシェイクを飲み干してやるうううう・・・てのが凄かったなあ。ボーリングのピンで撲殺ってのがまた。

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