「キンスキー、我が最愛の敵」(ヴェルナー・ヘルツォーク)
2009年の1本目は何にしようかと思案して、「キンスキー、我が最愛の敵」MEIN LIEBSTER FEIND(1999年)で気合入れる事にした。キンスキーとはすなわち、「アギーレ・神の怒り」「フィッツカラルド」等で知られる怪優にして、美女ナスターシャ・キンスキーの父親、クラウス・キンスキー。彼を多くの自作で主演に起用したヴェルナー・ヘルツォーク監督が懐述する、「最愛の敵」キンスキーとの闘いの日々。封切時に劇場で見て以来の再見となった。
クラウス・キンスキーといえば、そのファースト・インパクトは「夕陽のガンマン」。悪党一味の下っ端役で、主人公のクリント・イーストウッドにからかわれて、怒りのあまり頬をピクピクと痙攣させる演技は強く印象に残った。鬼瓦みたいなおっかない顔だけど本当はいい人、というパターン(アーネスト・ボーグナインとか)もあろうが、キンスキーはどうやら見たまんまの人だったようで、「我が最愛の敵」で描かれる奇行の数々には唖然とさせられる。「下宿屋の廊下を全力疾走し、ドアを突き破った」とか「下宿屋のバスルームに篭城し48時間叫び続けた」とか「エキストラの態度が気に食わないと暴れだし、剣で斬りつけて重傷を負わせた」とか「食事が気に入らないとプロデューサーを延々罵倒した」等、傍若無人な振る舞いは凄まじい。キンスキーのあまりの無軌道ぶりに、撮
影に参加していたインディオたちがヘルツォークに暗殺を持ち掛けたというエピソードには笑った。
劇場で見た時には、そんなキンスキーの奇行の数々にすっかり目を奪われてしまった。が、今回見直して、狂気を感じたのはキンスキーではなくむしろ監督ヘルツォークの方であった。狂気が言い過ぎならば、よく言えば猛獣使いのようなとてつもない大胆さ、悪く言うならとんでもない厚かましさ。キンスキーに剣で殴られ頭部に25年後も残る傷を負ったエキストラと語る際、ヘルツォークはにこやかな笑顔で話している。(エキストラにとっては不快な思い出のはずなのに!)撮影中の事故でカメラマンが手に裂傷を負ったエピソードを語る際にも楽しそうな表情を浮かべていたなあ。猛獣キンスキーを縦横に操り、数多のトラブルを 潜り抜けて映画を完成させてきたのだというヘルツォークの「オレ自慢」ぶりがいささか鬱陶しくもあり、彼の映画の押し付けがましさはやはり自身のパーソナリティーに負うところが大きいのだなと妙に納得させられた。
「我が最愛の敵」を見終える頃には、キンスキーを突き動かすのは狂気ではなく、繊細な感性であったと思えてくるのが面白い。クラウディア・カルディナーレ、エヴァ・マッテスら共演した女優が語るキンスキーの素顔はまるで少年のようだ。己の抱えた恐怖、臆病さに打ち勝つ為に必至で虚勢を張る大きなコドモ、というのがキンスキーの正体だったような気がする。映画のラストに、キンスキーが蝶と戯れる比較的長めのショットがある。撮影の合間に撮られたと思しきその美しいショットは、キンスキーの繊細な一面をよく表していると思った。
それにしても、黒澤と三船、小津と笠、シーゲルとイーストウッド、等々名コンビと称される監督と主演俳優の組み合わせは数あれど、ヘルツォークとキンスキーのような関係は珍しい。互いに殺意を抱くほど憎み合い、その闘いの記 録がそのまま映画になってるような濃おおおおおい関係だもんなあ。
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