エリック・ロメール

2008年9月21日 (日)

「三重スパイ」(エリック・ロメール)

せんだいメディアテーク「フランス映画の秘宝」にてもう1本、ロメールの近作「三重スパイ」2003年)見る。フランス、ギリシャ、イタリア、ロシア、スペインス合作で、第二次世界大戦中の実話が元になっているという。フランスに亡命したロシアの将校と、画家であるギリシャ人の妻。夫はスパイとして頻繁に海外出張するが、任務の詳細を知らされていない妻は夫に対する疑惑を深めていく・・・。映画祭のチラシに曰く「スパイ、裏切り、騙し、隠蔽に満ちあふれた痛快サスペンス劇」。ロメール爺さんが「痛快サスペンス劇」を撮ったのか、と興味をそそられたが・・・。

スペイン内戦から第二次大戦に至る不安で緊迫した時代の状況と、ある夫婦の危機を重ね合わせて描こうという作品。お話のスケールはロメールらしからぬ規模とは思うが、基本的にはいつもの会話劇のスタイルで、スパイものだからってアクションの見せ場がある訳でもない。ヒロインである妻は共謀の疑いを掛けられ獄死、夫もどうやら謀殺されたらしい、という事が伝えられておしまい。確かに「裏切り、騙し、隠蔽に満ちあふれ」てはいたが、どこが「痛快サスペンス劇」なんだっつうの。それはともかく、映画はロメールらしからぬ堅さというかストレートな怒り(義憤か)みたいなものが感じられる。実話だというこの事件に、老ロメールは何か思うところが大きいのであろう。

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2008年9月15日 (月)

「クレールの膝」(エリック・ロメール)

 連休で上京したら、丁度渋谷ユーロスペースでロメール特集をやっていた。フィルムの権利が切れるのか、日本最終上映なのだという。空いた時間に上映していたのがこれまたいいタイミングで「クレールの膝」(1970年)。これはツイてると見に行った。

 ロメールの「六つの教訓話」シリーズその5。主人公(髭面のジャン=クロード・ブリアリ)は湖畔の美しい別荘で、旧友の女性作家たちとひと夏を過ごす。そこで出会ったクレールという少女の膝に魅せられた主人公は、何とかして彼女の膝に触れようと画策するが・・・。

 どの辺が「教訓話」なのかよく分からんが、「コレクションする女」で感じたロメール爺さんの本性が丸出しになったかのような、実にスリリングな映画であった。結婚を間近に控えた主人公はいかにも俺は大人の男と言わんばかりの態度で女性たちに接する。何だかんだと理屈を述べて正当化したところで、結局することは16歳の小娘にキスしたり膝に触ろうと画策することなのだから笑える。中年男が少女の膝を撫で回すのがクライマックスってんだから、こりゃ一体何の映画だと驚くばかり。描くロメールの筆致は実にスマートで、少しも下品ではないのが凄い。件の場面は息詰まるような緊張感があり、かなり盛り上がる。余計な感情移入を避ける為だろうか、音楽が全く流れないのも良かった。

 念願かなったブリアリはすっかり満足して別荘を後にする。湖畔で語らう若い恋人たちを映して終わるラストのあっさりした感覚も面白い。ロメールってのは、というかフランス人ってのはかなり助平なんだなあと思ったことであるよ。しかも全然悪びれたところがないというのが凄い。面白かった。アルメンドロスの素晴らしい撮影を映画館で見れたのも嬉しかった。フィルムっていいよなあ。

ロメールとは関係ない話だが、移設したユーロスペースはラブホテル街のど真ん中という凄い立地であった。映画館に行くにはラブホテルのネオン輝く通りを歩いていかなければならないのだ。

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2008年9月 9日 (火)

「コレクションする女」(エリック・ロメール)

ロメールの「六つの教訓話」シリーズその4「コレクションする女」1967年)見る。

バカンスを過ごす為別荘にやって来た2人の青年アドリアン(パトリック・ボーショー)とダニエル(ダニエル・ポムルール)。別荘にはアイデ(エデ・ポリトフ)という女の子が居座っており、3人での共同生活が始まる。次々男を替える奔放なアイデをアドリアンたちは「コレクションする女」と呼び、鬱陶しく思っていたが・・・。

ロメール初のカラー長編で、撮影は名手ネストール・アルメンドロス。「モード家の一夜」の硬質なモノクローム画面とまた一味違った繊細なカラー撮影が存分に楽しめる。自然光の差し込む窓辺やテラスへの出口を室内から捉えた特徴的な画面がとても良い。

「モード家の一夜」は映像的にもオトナな仕上がりであったが、「コレクションする女」は登場人物の若返りのせいか、こちらのロメールに対するイメージを裏切らない映画であった。そのイメージとはすなわち「女の子の映画ばっかり撮ってるじいさん」という事なのだが。冒頭、カメラは水着姿で浜辺を歩くヒロインを捉える。グラビアアイドルのPVみたいな扇情的な映像の対極にあるような、素っ気無い撮り方ではあるが、これがかなりキテるんだよ。小麦色に日焼けしてすんなりと伸びた脚、膝の裏、腰骨、鎖骨の辺り、を次々アップで映し出すフェティッシュな映像なのだ。何だか本当のロメールらしさを垣間見たような気がしたなあ。

パトリック・ボーショー(ヴェンダースの「ことの次第」の映画監督役が印象深い人)演じる主人公は「モード家」のトランティニヤン同様に「愛情よりも主義を優先する」タイプのようだが、自分が優位に立っていると思い込んでいながら実際は彼女に振り回されっぱなし。それならそれで素直になってやろうと思ったらラストは・・・。ううむ。正直言って、ショートカットのアイデが可愛くって、見ているオレもすっかりヤラれてしまったのであった。

映画としては、全編もの凄くお洒落かつちょいエロなこれぞロメール映画の真髄といえよう。

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2008年9月 8日 (月)

「モード家の一夜」(エリック・ロメール)

ロメールの「六つの教訓話」シリーズその3「モード家の一夜」1968年)見る。

技師で敬虔なカトリック教徒である主人公(ジャン・ルイ・トランティニャン)。ある日、レストランで旧友ヴィダル(アントワーヌ・ヴィテーズ)と再会し、彼に誘われて女医モード(フランソワーズ・ファビアン)の家を訪れる。夜が更けて雪が降り出し、主人公はモード家で一夜を過ごすことになったが・・・。

ほとんど会話劇と言ってもいいくらい動きの無い映画。レストランで旧友と再会した主人公が、宗教やパスカルについて延々議論を戦わす場面など一体何の映画なんだと不安になったが、タイトルにもなったモード家に舞台が移ってから俄然面白くなる。

主人公を演じるのはむっつりした表情のジャン・リュイ・トランティニヤン。もう30代半ばでそろそろ結婚を意識しているのだが、何かにつけ理論武装を緩めないので「あなたは愛情よりも主義を優先するのね」などと突っ込みを入れられる始末。かと思えばモードと同じベッドに寝て悶々とする様子など、トランティニヤンの生真面目な表情が何ともおかしい。

映画の見所は何と言っても名手ネストール・アルメンドロスの端正なモノクロ撮影だ。教会、モードの部屋、大学の寮、といった室内撮影も見事なら、路地や雪の降り積もった街並みの美しさにも目が離せない。

ロメールは会話場面ではカットの切り返しを使わず、1人の人物をフィックスで捉える(会話の相手の話し声はインタビューのように画面の外から聞こえる)撮り方をしている。いわゆるシネマ・ヴェリテ風?の応用なのかな。会話のリアクションが丹念に記録されており、リアルな雰囲気を醸し出していて面白かった。

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2008年9月 7日 (日)

「獅子座」(エリック・ロメール)

職場のちょっとしたいざこざから口論が始まり、仲裁しようと間に入ったらキレた1人に腹を蹴られる・・・という夢を見た。腹部の痛みに目が覚めて、時計を見たらまだ3時頃。嫌な汗をかいている。夢の中で蹴られた胃の辺りがズキズキと痛む。すっかり目が冴えてしまい、止む無く起きて映画を見ることにした。

ロメールの長編第1「獅子座」1959年)。金持ちの伯母が死んで遺産を相続することになった中年男ピエール(ジェス・ハーン)。早速パーティを開いて派手に散財するが、結局遺産は相続できず一文無しになってアパルトマンを追い出される。パリをさ迷い歩いた挙句、浮浪者にまで零落れるが・・・。

主人公ピエールは興が乗るとバイオリンを奏でたりする自称音楽家(終盤で「音楽で食えた事など一度もない」と白状するのだが)。この熊みたいなおっさんはとにかく振る舞いが子供っぽくてどうにも好きになれず、零落れていくのも自業自得と同情できないのが辛かった。40歳、という年齢にはギョっとさせられたが。同い歳だもんなあ。ラストは一応ハッピーエンドなのだけど、この主人公にはどうも反省の色が見られず、今後も友人たちの気苦労は絶えないことであろう。

ちなみに主人公を助ける友人フランソワ(ヴァン・ドード)はパリ・マッチ誌の記者という設定で、とにかく忙しい。ひっきりなしに会社から出張の要請が来て飛び回っているという執拗な描写が繰り返されてヘンだった。あれはもしかしてギャグのつもりなのか。

前半のパーティ場面にはカイエ仲間のゴダールが出演しており、ちょっとグルーチョめいた、何かやらかしそうな(何もしないんだけど)オーラを発して目立ってた。ゴダールがゲスト出演、製作はクロード・シャブロル、というカイエ・デュ・シネマ誌周辺人脈が協力したこれぞヌーヴェル・ヴァーグ、といった作品である。1959年というから「勝手にしやがれ」「大人は判ってくれない」なんかと同じ年に作られた映画なのだな。

いい気になった主人公がはしゃぎまわる前半にはイライラさせられるが、当てどなくパリの街を徘徊する後半はとても面白い。パリの裏路地巡りは路地マニアにはたまらないお楽しみであった。 

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2008年9月 6日 (土)

「シュザンヌの生き方」(エリック・ロメール)

ロメールの「六つの教訓話」シリーズその2「シュザンヌの生き方」1963年)見る。52分の中篇。

優柔不断な主人公ベルトラン(フィリップ・ブーザン)、友人ギヨーム(クリスチャン・シャリエール)、カフェでナンパしたシュザンヌ(カトリーヌ・セー)の微妙な三角関係。学生のベルトランとギヨームは半ばシュザンヌを馬鹿にしている様子で、働いている彼女を金づる程度に思っている。が、結局は男たちの方がいいようにあしらわれていたのだ・・・。とまあ、要約するとそんなお話。終盤に至ってタイトルの意味が分かってくるという趣向。ラストのプールの場面では主人公が自分の置かれていたポジションに気がついていたたまれない気分に陥る。まあ大学生の女性観なんて所詮そんなもんだよなあ、と。何だか青春ぽい苦さの1篇。

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2008年9月 5日 (金)

「モンソーのパン屋の女の子」(エリック・ロメール)

エリック・ロメール初期の「モンソーのパン屋の女の子」1963年)見る。ロメールの「六つの教訓話」シリーズ1作目で、28分の短編。出演は製作者バルベ・シュローデル(バーベット・シュローダー)。

いつも街ですれ違う女の子に恋した主人公。声を掛けてデートに誘おうと思っていたら、ぱったり彼女とすれ違わなくなってしまった。主人公は彼女の姿を追い求めて毎日街を徘徊するが・・・。

主人公は彼女を探すうち、毎日日課のように同じパン屋で菓子を買うようになり、そこの娘と顔見知りになる。パン屋通いを続ける内に肝心の彼女のことは忘れて、パン屋の娘をデートに誘ったりする。別に味が気に入った訳でもないのに、何個もサブレーを買って通りに突っ立って食べる姿がおかしい。主人公の決まりきらない不安定な様子には青春期特有のふらついた感覚がよく出ていた。ラストにはちょっとしたひねりが加えてあって面白い。あの成り行き任せでちょっと後ろめたいところもまた青春、て感じだなあ。主人公が街を徘徊する場面にはパリの路地裏巡りの楽しさもありだ。

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2008年9月 4日 (木)

「エトワール広場」(エリック・ロメール)

 唐突ですが、エリック・ロメール特集いきます。ロメールといえばどうも「女の子の出てくる映画ばっかり撮ってる爺さん」というイメージ。今まで食わず嫌いで敬遠してたのを反省して、まとめて見てみようかと。今やヌーヴェルヴァーグの監督たちの中で一番軽やかに撮り続けている(ように見える)のがロメールで、その辺りの秘密を探ってみたいと思う。

まずはオムニバス映画「パリところどころ」1965年)の挿話「エトワール広場」見る。撮影はネストール・アルメンドロス。出演はジャン・ミシェル・ルジエール、ジャン・ドゥーシェほか。 

「パリところどころ」は「ヌーヴェルヴァーグのマニフェスト」などと呼ばれるオムニバス映画。「低予算」「リアリズム(ロケ主体で街や人物を生き生き捉える、という意味で)」「撮影所の外で(素人主体のスタッフ、キャスト)」、と映画のスタイルとしても精神としても正に「ヌーヴェルヴァーグ宣言」たる1作なのである。当時若干24歳の若手プロデューサー、バーベット・シュローダー(現在はハリウッドに進出し、監督として「バーフライ」「運命の逆転」といった佳作を発表している)の元で、ゴダール、ロメールらヌーヴェルヴァーグを代表する6人の監督がパリを舞台に展開する人間模様を描く。最近も「パリ・ジュテーム」という同様の企画があったね。

ロメールのエピソード「エトワール広場」はちょっと皮肉っぽいユーモラスな短編。前半は洋服屋に勤める主人公が混み合う広場の周囲を通勤する様子を丹念にスケッチする。後半はちょっとしたいざこざから主人公がそのルートを逆走する羽目に陥る。お話としては何てことないが、生々しい街の息吹みたいなものはちゃんと伝わってくる。いかにも自主映画っぽいラフな感じが楽しい短編ではあるが、突出した輝きが感じられるという程でもないかなあ。ロメールこの時45歳。ヌーベルバーグの監督たちの中では遅咲きなんである。

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